大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)214号 判決

上告人

坂内年美

右訴訟代理人

岩永勝二

被上告人

山本一男

右訴訟代理人

川崎敏夫

主文

原判決主文第三項中、上告人の請求に関し、第一審判決が被上告人に対し金二二五万円及びこれに対する昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて支払を命じた部分を取り消した部分につき、原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

原判決主文第一項を「控訴人の被控訴人坂内年音に対する本件控訴及び被控訴人坂内年美に対する請求に関する本件控訴を棄却する。」と更正する。

理由

上告代理人岩永勝二の上告理由について

記録によると、上告人の被上告人に対する請求に関する部分についての本件訴訟の経緯は、(一)上告人及び第一審厚告坂内年音(以下「原告年音」といい、右両名を合わせて「上告人ら」という。)は、上告人の父であり原告年音の夫である訴外亡坂内勝由の交通事故による死亡に基づく損害賠償について保険会社に対する自動車損害賠償責任保険の損害賠償額の請求手続事務を被上告人に委任したが、被上告人が保険会社から受領した右賠償額のうち、四五〇万円(以下「本体残額」という。)を上告人らに引渡さないと主張して、被上告人に対し、本件残額四五〇万円及びこれに対する昭和四九年七月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める旨の申立をしたところ、第一審は、被上告人が、右委任契約に基づき本件残額につき、上告人に対し二八五万六三九三円、原告年音に対し一六四万三六〇七円(以上合計四五〇万円)の各引渡義務及びこれらに対する昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負つているとして、上告人らの申立にかかる各請求を右各金額の限度で認容し、その余を棄却する旨の判決をしたこと、(二)右第一審判決に対し、被上告人のみが控訴したところ、原審は、被上告人が上告人らに対し、合計すると第一審判決の前記認容額と同額の金員の支払義務を負つていることを認めたが、上告人らの本訴請求の趣旨の記載によれば、上告人らは被上告人に対し、本件残額四五〇万円の二分の一ずつ、すなわち各二二五万円の支払を求める旨の申立をしていることが明らかであるとして、右申立の範囲内における原告年音の請求については、第一審判決の前記認容額と同額を認容すべきであるとしたものの、上告人の請求については、被上告人に対して二二五万円及びこれに対する昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容すべきであるとしたうえ、主文第三項において、右認容すべき部分については被上告人の本件控訴を棄却し、第一審判決中被上告人に対し右の限度を超えて金員の支払を命じた部分(六〇万六三九三円及びこれに対する昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分)については、上告人の申立がないとして、被上告人の控訴を容れ、第一審判決を取り消す旨の判決をした(原判決主文第三項にいう「変更」には、右趣旨の判示を含むと解される。)ことが認められる。

しかしながら、上告人らの請求の原因、弁論の全趣旨及び本件訴訟の経緯に照らすと、上告人らが右請求をするに当たつて真に意図しているところのものは、上告人ら両名が被上告人に対し、前記委任契約に基づいて支払を求めうべき債権全部の履行、すなわち本件残額四五〇万円全額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めることにあることがうかがわれなくはないから、原審としては、上告人らに対し、本訴請求の趣旨につき釈明を求め、上告人らの各申立の真に意図しているところを明らかにしたうえ審理判断すべきであつたというべきである。しかるに、原審は、右の点につき何ら釈明を求めることなく、上告人らが本件残額につきその二分の一ずつの金員の支払を求める申立をしているものと速断して前記のとおり判決しているが、右は、釈明権の行使を怠り、ひいては審理不尽の違法を犯したものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決主文第三項中第一審判決を取り消した前記部分は破棄を免れない。そして、右部分について、前示のとおり更に求釈明して審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すことととする。

なお、原判決主文第一項は、「控訴人の被控訴人坂内年音に対する本件控訴及び被控訴人坂内年美に対する請求に関する本件控訴を棄却する。」とすべきところを誤記したことが原判決の理由に照らし明らかであるから、民訴法一九四条に則り職権をもつて右のとおり更正する。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人岩永勝二の上告理由

一、原判決には釈明権不行使の違法乃至審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(一) 原判決は主文三において「原判決中、被控訴人坂内年美に関する部分を次のとおり変更する。1、控訴人は被控訴人坂内年美に対し二二五万円およびこれに対する昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。2、被控訴人坂内年美のその余の請求を棄却する」と判示し、理由(二)(三)において「右認定事実によると被控訴人らが控訴人からいまだ交付を受けていない金額は四五〇万円であり、そのうち被控訴人坂内年音が控訴人に対して交付請求できる分は一六四万三六〇七円、同坂内年美が控訴人に対して交付請求できる分は二八五万六三九三円にそれぞれなることが明らかである」と正しい判断をしつつ、そのあとで「ところで控訴人らは右金員の引渡請求につき、本件訴外において請求の趣旨として

『被告は原告両名に対し金四五〇万円およびこれに対する昭和四九年七月一五日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。』

との判決を求めていることが記録上明白である。

したがつて右請求の趣旨によれば被控訴人両名は本件訴訟において控訴人に対し四五〇万円の二分の一宛すなわち二二五万円宛の支払を求めていることが明らかである。

そうすると(中略)被控訴人坂内年美の本訴請求は控訴人に対し二二五万円およびこれに対する前記昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきもその余の部分(遅延損害金の一部)は失当として棄却を免れない」旨判示した。

(二) 然し第一審判決は同一の上告人の請求の趣旨につき、主文一において

被告は(中略)原告坂内年美に対し金二八五万六三九三円と右各金員に対する昭和五一年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、原告らのその余の請求を棄却する

旨の判断をし、上告人の請求を右金額の範囲で認め、原告坂内年音の認容額と合わせて四五〇万円の請求を認めた。

この判示は原判決の判断とは異なり上告人と坂内年音の請求額は二人で合わせて四五〇万円であり、これは亡坂内勝由死亡による自賠責保険金として二つの保険会社から支給された金員のうち上告人らが被上告人から交付をうけていない四五〇万円につき法定相続分に従つて勝由の妻であつた坂内年音が三分の一、子であつた上告人が三分の二の割合で相続により承継取得したとの判断によるものである。

上告人は母坂内年音と合わせて四五〇万円の請求をしていたのであつて、原判決の判断したように二二五万円を限度として請求したのではない。

このことは第一、二審の上告人の主張によつて明らかである。

然るに原判決は単純に二二五万円の支払を求めていることが明らかであるとして前記の判断をしてしまつているがこのことは誤りである。

上告人は第一審判決によつて請求の殆んど全部を認められた(坂内年音と合わせて四五〇万円と遅延損害金)のでそれ故控訴しなかつたものである。

原審が第一審と異なる観点に立つて判断するときは原判決のような結論になることを指摘し、法定相続分による相続によるのか否かにつき釈明を求め、その場合は上告人に請求の拡張を求めるべきものである。

然るに原審では釈明権を行使せず上告人に不意に不利な判断をあえて行つたことは民事訴訟法一二七条一項に反した違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二、仮りに釈明を行わなかつた原審の判断と処置が違法でないとしても、原審までの上告人の請求の意味するところが母坂内年音と合わせて四五〇万円の支払を求めていたことは明らかであるから第一審判決のように上告人の請求の意味を善解して同様の判示をすることも可能である。それが当事者間で何ら問題となつていなかつたのであるから尚更のことである。

そうでなく原判決のとつた判断は不意打ちの処置であり訴訟における信義則に反するものと考える。

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